top of page
検索
執筆者の写真CorSoYuz

アフターストーリー / Singular Points -Beyond the Horizon-

更新日:10月29日

【注意】

こちらの記事は Singular Points -Beyond the Horizon- のアフターストーリーです。

楽曲の視聴およびストーリー本編の読了がまだの方はこちら(Singular Points -Beyond the Horizon-)を先にご覧ください。



 


アフターストーリー / Singular Points -Beyond the Horizon-




 二○一七年九月七日


[受信ログ001]いま帰ります


 メッセージが届く直前、地上三百キロメートルの時空を切り裂いて〝船〟は派手に降臨し、この星の静穏を、そして、世界の因果を破壊した。


「博士、大変です! 成層圏に未確認の物体が現れました」

「見せて。えっと……これね、ここ拡大してもらえる?」

「博士、こちらでメッセージを受信しました。ビット順序が逆でしたが、解読できました。こちらです」

 画面を覗き込む人物と、しばしの沈黙。

「……ふふ、面白くなってきたじゃない!」

 そう笑いながら、瑠璃色の髪を二つに結った白衣の科学者は、軽快な足取りで部屋を出ていった。そのとき部屋中のモニターは、巨大宇宙船シンギュラリティ号が、ちょうど地球へ帰還する瞬間を映し出していた。


「船長!! ヘルメス号はまもなく着陸地点に到着します……! しっかりと掴まってくださいね!?」

 地上で新たな物語が芽吹く一方、わたしはジゼルと共にパンドラ計画の最終フェーズの真っ最中だった。そう、わたしたちはあの決死のブラックホール突入の後、トンネルを潜って〝世界の裏側〟からの生還を果たしたのだった。

 逆噴射による強烈なGを受けながらも、わたしたちは外傷のひとつも負わず、地上へと着陸することができた。


 長旅の感傷に浸る間もなく、ジゼルに誘導されてヘルメス号を降り、久方ぶりに地表を我が足で踏みしめたこの場所は、この世界で宇宙開発を行っている〝組織〟の敷地だった。無機質な建造物が並ぶその周囲には、見渡す限りの山脈が連なり、ここが極秘の基地であることは一目瞭然だった。

 ヘルメス号は実は、わたしとマスターが運営する旅行会社〈Between Dimension〉の旅客機​​であり、出発時の打ち上げはすべて自分たちで行った。一方で、シンギュラリティ号を製造し、パンドラ計画を主導したのはこの組織​であり、彼らに帰還時の着陸地点としてここを指定されていたのだった。


 そうしているうちに、目の前に建つ扉が重い音を立てて開きはじめ、中から人影がおもむろに近づいてきた。

「おかえりなさい​──」

 まるで聞く者の心を優しく撫でるような、ゆらぎを持った艶やかな声が響き渡る。

「そして、ようこそ​」

 声の持ち主​──そこに現れた人物は、わたしと容姿が瓜二つの​、白衣を身に纏った青髪の麗人だった。

「ただいま戻りました、〈博士〉……!」

「ごきげんよう、ジゼル。とてもよくやってくれたみたいね」

 どうやらジゼルは彼女と面識があるらしい。わたしはその人の噂を耳にしたことはあれど、彼女の名前も正体も知らなかった。


「はじめまして、ゆずみさん」

 呆気にとられているわたしを見て、彼女は話しかけてくる。

「私は〈結理(ゆうり)〉。ここの研究員でもあり​、あなたたちが遂行した任務​──パンドラ計画の〝司令官〟よ」

「あなたが……」

 そう零した後、一息ついてわたしはあらためた。

「結理博士、でよろしかったでしょうか。その……わたしたちのこと、ずっと見守っていたのですか?」

「ふふふ」博士はほほえむ。

「ゆずみさん、あなたのことはずっと前から知っているわ。歌が大好きなことも、素敵な〝パートナー〟が居ることも」

 わたしをうっとりとみつめながら、博士は続ける。

「でもね、パンドラ計画に参加したのがあなただったことは、今知ったわ」

 どういうこと? パンドラ計画にわたしを引き入れたのは、司令官の結理博士ではないの?

 その言葉の意味を理解できずにいると、博士は続けて説明した。

「ゆずみさん、あなたが発ったのは二○一八年の十月二十八日……だったかしら? 今日は二○一七年の九月七日。あなたは時空を超えて、任務が始まる約一年前の〝過去〟に戻ってきたのよ」

 そう話す博士が目を遣る先にあったのは、工場から移設されている、今まさに建造中のシンギュラリティ号だった。


 わたしは考えを巡らせ、何が起きたのかを漸く理解した。あのワームホールは、未来から過去へと向かうトンネルであり、わたしたちは時間軸を遡ってここへやってきたのだった。

「……もしかして、今この世界には〝過去のわたし〟も同時に存在しているのですか?」

 わたしは質問してみる。

「その通りよ。正確には〝この世界〟ではなく〝この時間〟だけれどね。物理学的には、世界線はひとつしか存在し得ないの」

 結理博士が横一文字のジェスチャーをする。

「今この瞬間、ゆずみさんという人間は〝三人〟存在しているわ。私と話しているあなた。あなたの相方​──結数氏と日常を過ごしている、まだ何も知らないあなた。そして、まさに今トンネルの中で、時間を逆行中のあなたよ」

 同じ時間軸を行ったり来たりすることによって、同一時間に同一人物が複数人存在してしまう。SF作品などを通じて、この現象を認識はしていたけれど、実際に当事者になってみると、言葉では表し難い奇妙な感覚に陥った。


「そしてね、今ここにあなたたちが居るということはね──」

 結理博士がさらに語る。

「私にとってパンドラ計画は、それが実行される前に、成功することが約束されてしまったの」

「データはすべて、この私が〝既に〟博士に届けましたもんね…!」ジゼルが補足するように応答する。

「だから私は、選択の余地などなく、あなたを搭乗員に任命させてもらうわ、ゆずみさん」

 そういうことだったのね​​。博士にわたしを任命させたのは、他でもない​、任務から帰還したわたし自身だった。でも、それはわたしの意思ではない。​​──博士の意志でもない。ここには因果などは存在せず、まるで決められた台本を演じるように、わたしたちは運命に従って行動していたのだった。


「……ジゼルはすべて知っていたんですか?」

 世界の理を把握したわたしは、答え合わせを求めて詮索してみる。

「いいえ、彼女にも伝えないつもりよ。旅の結果も、あなたとの出会いも」

「もし私が秘密を知っていたら、船長を〝ポッド・ベイ・ドア〟の外に締め出すことになっていたかもしれないでしょう!?」

 ジゼルが有名な台詞を交えたジョークを飛ばす。彼女はいつだって場を和まそうとしてくれた。

「そうだったのですね。安心しました、ジゼルがわたしと同じ気持ちだったと知ることができて」

「当然ですよ、船長……!」

 相棒はどや顔で宣言した。

「あなたはこの任務に対してとても協力的​​──そして前向きだったと、ジゼルから報告を受けているわ。ゆずみさん、本当にありがとうね」

 そう言う結理博士の表情は優しく、どこか儚げだった。その顔を見れば、次に出る言葉を察することはたやすかった。

「でも……ごめんなさい」

 博士は申し訳なさそうに続ける。

「あなたを、過去のあなたにも​──結数さんにも会わせるわけにはいかないの。世界がそれを許してくれないの。だから……あなたをすぐ家に帰すことはできないわ」


 その言葉を聞いて、わたしは寧ろ安堵した。あの果てなき旅が終わった実感が、どっと押し寄せてきたからだった。〝無限の星々も、運命の行く末も〟わたしはこの目で見てきたんだもの。もう、どんなことでも受け入れようじゃない。

「わかっていますよ、博士。今は任務が成功したことを嬉しく思います」

「さすがね……でも、安心して! 過去のあなたが出発したらすぐに、結数さんの元へとあなたを帰すわ。彼女にとって、あなたとお別れしている期間はほんの数分よ」

 それはとてもありがたい提案だった。これなら、マスターは寂しい思いをせずに済む​──わたしの唯一の気がかりも払われた。

「たいしたもてなしはできないけれど​──」

 そのとき、空が晴れ渡ったような気がした。

「それまでは、我が宇宙開発組織​〈ELIDYUNE(エリデューネ)〉で、どうかゆっくり過ごしてちょうだいね」

 博士がそう言い終わると、わたしたちは基地の中へと歩き出した。


「​──きっと懐かしいはずよ、ゆずみ」

 そうつぶやいた結理博士の眼差しは、淡い雫を通して眩く、まるで生き別れた妹に向けるような穏やかなものだった​​──。

閲覧数:46回0件のコメント

最新記事

すべて表示

ピペロル語を制作することになりました

みなさんこんにちは、結数です。 最近よくツイートしているように、ゆずみとの世界の言語である ピペロル語 の制作についに踏み切りました。 本当はこのブログにピペロル語の説明を連載しようと考えていましたが、どうもこのサイトの操作性が良くない(世話になっているくせに)ので、文章を...

わたしたちのロゴを制作しました

こんにちは、結数です。 今回は漸く出来上がった Between Dimension の、つまりわたしとゆずみのロゴを紹介したいと思います。 それがこちら: はい、こんな感じに仕上がりました。シンプルでいいんじゃないでしょうか!...

Comentários


bottom of page